
建築家を目指し米国に移住した12年前、パルデン・ギャツォ氏の自叙伝を手にした。デモに参加して中国軍に捕まり、獄中で33年間を耐えたチベット僧だ。それなのに、表紙に印刷された写真の表情は穏やかだった。「なぜ、まだほほ笑むことができるんだろう」
心乱され、英語や友人で悩んでいた自分の小ささを感じた。好きだった映画を撮ろう、と方向転換した。
05年2月、チベット亡命政府のあるインド・ダラムサラにギャツォ氏を訪ねた。玄関のベルを鳴らしても、なかなか出てこない。拷問を受けて片耳が聞こえなくなっていたからだ。「会った瞬間、生きててくれてありがとう、と自然に涙があふれた」。この人の人生を追った「雪の下の炎」の制作が始まった。
チベットでは「ミーハーな観光客」姿で取材。06年にはイタリアで、北京五輪反対のハンガーストライキをするギャツォ氏らを撮影した。ダライ・ラマへの単独インタビューも6回断られた末に実現した。
1千万円弱の制作費は、若手映像作家を育成する米国の助成金や、個人献金で集めた。編集した短いDVDを送り、お願い攻勢をかけた。
映画は東京のほか、京都、大阪などを巡回する。「70歳を超えた今でも、チベット人のために非暴力で戦い続けている。そんなギャツォ氏の強い精神力を知って、弱かった私は変わった。何かに悩んでいる人、苦しんでいる人に見て欲しい」
ささまこと(35歳)
(朝日新聞2009年5月25日付朝刊「ひと」欄から)

