世界に約3000万人以上と言われる難民を保護・支援し、難民問題の解決を目指す国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)。東京・渋谷にある駐日事務所で広報官を務めているのがUNHCR15年目のベテラン職員、守屋由紀さん(47)だ。守屋さんの社会人スタートは大手商社のOL。結婚で「肩たたき」にもあった。それでも現在のキャリアを築いてこられたのは、幼心に抱いた疑問へのひっかかりと行動力があってのことだ。
「結婚肩たたき」に奮起
守屋さんは小学1年から3年まで、父親の赴任先のメキシコで育った。忘れられない光景がある。家族でレストランに行くと、店の前ではいつも、自分と同じ年ぐらいの、粗末な身なりの子どもたちが、裸足でかけ寄ってきては物乞いをしていた。「あの子たちはどうして貧乏なの」という疑問と居心地の悪さ。大学4年になって将来を考えた時、心に引っかかっていた思いがよみがえった。「世界で苦しんでいる人たちの手助けがしたい」
思い立ったが、どこに行けばいいのか分からない。とりあえず電話帳で「国連」を調べて、国連広報センターに電話。思いを伝え、面会の約束は取り付けた。だが、担当者に聞かれたのは「あなたは何が出来るの。何をしてくれるの」。答えられなかった。「ここは経験を積んでから挑む所なんだ」。出直す決意を胸にし、商社に就職した。
入社後は、中近東向けの自動車輸出業務の担当に。女子社員には名刺もない時代だったが、得意の英語を生かし、電話交渉でのリード役を務めたり、要人の接待を任されたりした。仕事に追われ、充実感も感じていた。ところが入社5年目、会社に結婚の予定を伝えると、「肩たたき」を受ける。上司は「ここまで育てたし、活躍してくれている。辞めさせる必要はない」と人事部に掛け合ってくれたが、「前例は作れない」と認められなかった。
ここで守屋さんはあきらめなかった。「今まで培ったビジネス能力を高め、働き続けたい」。貯金をはたいて夜間のビジネススクールに入学、英語のライティングや速記を学んで大手の法律事務所に就職した。2年後には商社時代の上司に誘われ、ベンチャーの通信会社に転職し、海外の取引先や提携先との折衝を担当した。

守屋 由紀(もりや ゆき)さん
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR) 駐日事務所広報官
獨協大学卒業後、住友商事に入社。自動車の輸出業務を担当。アンダーソン・毛利法律事務所事務長秘書などを経て、96年にUNHCRに入り、駐日代表秘書に。その後、上席連絡調整官を務め2007年から現職。夫と息子(高校2年)の3人家族。「家族と過ごせるのが朝だけなので、ちゃんとしたものを食べさせたい」と、毎朝5時半に起き、玄米を精米して朝食と子どものお弁当を作っている。趣味は高校生の頃から変わらず相撲観戦。

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